- 研究理念
- 地球規模での環境・エネルギー問題を背景として、近年では人間社会の省エネルギー化や再生可能エネルギーの創出・利用に関する研究に焦点が当てられています。今世紀に入り、スマートフォンやテレビ画面を構成する機能性有機半導体を基盤とした軽量・フレキシブルな発光・発電素子が目に見える形で急速に普及しました。より最近では、原子1~数層でできたナノシートや、原子が数個~数千個と集合化したナノメートル(100万分の1ミリメートル)スケールの構造体や微粒子が次の世代のナノマテリアルとして注目されています。さらに、これらのナノスケール機能物質単位が集合化・複合化されることにより、21世紀中盤から22世紀の高度な人間社会を支える高度なナノデバイス創成へと発展することが期待されています。
ナノマテリアルおよびその複合体に見い出される特異な機能は、その中で絶えず動き回るキャリア(電子や正孔)の振る舞いに支配されています。例えば、ナノマテリアルで太陽電池を構成すると、その中では光(太陽光)によって電流(電力)を担う光キャリアが生成され、機能単位の間をフェムト秒(1000兆分の1秒)という超高速の時間スケールで移動します。ナノマテリアルの機能の起源を理解し、より高度に制御されたデバイスを創成するためには、こうした超高速時間スケールでのキャリアの振る舞いを精密な観測手法によって明らかにすることが不可欠です。
私たちは原子・分子スケールで制御されたナノマテリアルとその複合体を精密に作成する技術を確立するとともに、その機能の起源を超高速キャリアダイナミクスの視点から明らかにすることを通じて、現状のナノデバイス等の機能をさらに先鋭化する研究を推進しています。
- 研究対象
- 内包フラーレン超原子
芳香族有機半導体薄膜
半導体量子ドット
金属ナノ構造体
ナノクラスター
など
- 研究内容1
- 半導体量子ドット超格子の作製と超高速光励起ダイナミクスの解明
半導体や金属の粒子をナノスケール(ナノは100万分の1ミリ)にまで小さくすると、普通の大きさでは見られないような物質機能が現れます。なかでも半導体のナノ粒子(量子ドット:
QD)は、優れた発光特性をもつナノマテリアルとして広く研究が進んでおり、既にQDディスプレイのような、電気エネルギーを光へと変換する発光素子として市場に普及しています。また、半導体QDが規則的に配列すると、今度は光エネルギーを電気に変換する(太陽電池)素子としても応用できることが期待され、研究が進められています。さて、このように電気エネルギーを光に、あるいは光エネルギーを電気に変換する「光電変換」の原理を突き止めてより高度な素子設計を提案する上では、光照射によって機能を発現しようとする量子ドットの状態を詳しく観察する必要があります。
そこで本研究グループでは、半導体QDの規則配列構造の作製とともに、その機能発現に深くかかわる超高速光励起ダイナミクスを精密に観測する研究を推進しています。フェムト秒パルスレーザーを基礎とした時間分解分光の装置開発からはじめ、世界的に見ても前例のない特徴的な高精度分光計測によって半導体QDが規則配列することによって初めて現れる「集合化の効果」を明らかにして、これを利用することを目指しています。
半導体量子ドットの発光
- 研究内容2
- 有機半導体薄膜における光励起ダイナミクスの解明
有機ELや有機太陽電池といった機能性有機半導体で構成されるデバイス技術(有機エレクトロニクス)今世紀になってから現在までに最も発展したテクノロジーの一つであると言っても過言ではなく、20年前は携帯電話に小さく表示される単色時計ディスプレイで画期的と言われた有機ELは、今や超薄型の大型テレビやフレキシブルディスプレイなどとしてその市場を席捲しています。しかし、こうした有機デバイスの動作原理は従来までの無機材料(シリコンなど)とは少し異なることが明らかになっており、今世紀中盤に向けた有機エレクトロニクスの更なる発展には、有機半導体薄膜の表面、界面での電荷の振る舞い(ダイナミクス)を詳しく調べ、機能を最適化するための設計指針を立てて高度化していく必要があります。
この研究テーマでは、有機デバイスの構成要素として利用される機能性有機分子から、その基本骨格となる多環芳香族有機分子の超薄膜を基板上に作製し、その薄膜内あるいは基板と薄膜界面で光励起を引き金として起こる機能発現のその場をフェムト秒パルスレーザーを光源とした光電子分光により観測する研究を展開しています。
関連する主な研究成果
M. Shibuta, K. Yamamoto, T. Ohta, T. Inoue, K. Mizoguchi, M. Nakaya, T.
Eguchi, A. Nakajima, “Confined Hot Electron Relaxation at the Molecular
Heterointerface of the Size-Selected Plasmonic Noble Metal Nanocluster
and Layered C60”ACS Nano 15, pp. 1199–1209 (2021).
K. Stallberg, M. Shibuta, U. Höfer, “Temperature effects on the formation
and the relaxation dynamics of metal-organic interface states”Physical
Review B 102, pp. 121401(R)-1−5 (2020).
M. Shibuta, N. Hirata, T. Eguchi, A. Nakajima, “Photoexcited State Confinement
in Two-Dimensional Crystalline Anthracene Monolayer at Room Temperature”
ACS Nano 11, pp. 4307–4314 (2017).
M. Shibuta, N. Hirata, T. Eguchi, A. Nakajima, “Probing of an Adsorbate-Specific
Excited State on an Organic Insulating Surface by Two-Photon Photoemission
Spectroscopy”Journal of the American Chemical Society 136, pp. 1825–1831
(2014).
- 研究内容 3
- 伝搬型表面プラズモンポラリトンのイメージング
金属と誘電体(真空も含む)の界面では表面プラズモンと呼ばれる自由電子の集団振動モードが存在します。表面プラズモンとはあまり馴染みのない言葉ですが、古くはガラス装飾の着色や、近代では太陽電池の高効率化などにこの原理が生かされています。中でも、金や銀などの平坦な界面において光と結合して伝搬する伝搬型表面プラズモン(正確に伝搬型表面プラズモンポラリトン:Surface
Plasmon Polariton, SPP)は、地表に届く太陽光のうち多くの成分を占める可視光—近赤外光のデバイス等へのエネルギー蓄積・変換を高効率化する技術要素(プラズモニクス)として注目されています。またSPPの伝搬速度は光速に迫る(近赤外領域で光速の90%以上)ほどに早いことから光通信回路の集積化などにも有用であると期待されています。
この研究テーマでは、プラズモニクスの発展に不可欠な伝搬型表面プラズモンポラリトン (SPP) のイメージング技術を確立することを目的としています。一般的に放射を伴わないSPP伝搬の様子を捉えることは通常の光学顕微鏡では難しく、光励起状態から発せられる別の現象、すなわち光電子放出の空間分布をイメージングすることによって初めて可能です。これまで、フェムト秒レーザーを用いた光電子顕微鏡によって、SPPの伝搬様式を明瞭に可視化することに成功するとともに、光の速度に対するSPPの伝搬速度の関係(分散)を精密に評価することが可能であることを示してきました。
最近では光電子を観測するという観測原理の制約を打開して、適切な増感剤を用いて光電子放出による検出が難しい"埋もれた界面"のSPP観測を可能にしたり、高効率発光材料を用いることで伝搬するSPPを発光に変換することによる新しく、汎用性の高いSPPイメージング技術の開発を進めています。
関連する主な研究成果
M. Shibuta, A. Nakajima, “Spectroscopic imaging of photoexcited states
at a polycrystalline copper metal surface via two-photon photoelectron
emission microscopy"Chemical Physics Letters, Accepted (2022)
K. Yamagiwa, M. Shibuta, A. Nakajima, “Visualization of Surface Plasmon
Polaritons Propagating at the Buried Organic-Metal Interface with Silver
Nanocluster Sensitizers”ACS Nano 14, pp. 2044–2052 (2020).
K. Yamagiwa, M. Shibuta, A. Nakajima, “Two-photon photoelectron emission
microscopy for surface plasmon polaritons at the Au(111) surface decorated
with alkanethiolate self-assembled monolayers”Physical Chemistry Chemical
Physics 19, pp. 13455–13461 (2017).
SPPイメージングの概要
- 共同研究先
- 慶應義塾大学 中嶋研究室
大阪大学 赤井研究室
北海道大学 武次研究室
分子科学研究所 解良 グループ
Philipps Universitaet Marburg Prof. U. Höfer研究室
産業技術総合研究所 物質計測標準研究部門
京都大学 寺西研究室
大阪公立大学金﨑研究室
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